「日本資本主義の父」渋沢栄一の逸話【日本史雑学】

日本初の銀行である第一国立銀行(現在のみずほ銀行)の創立を支えた人です。

次の一万円札の肖像画になる方ですね。

「日本資本主義の父」と呼ばれる彼は、私たちが知るよりもっとすごい人かもしれません。

1. ノーベル賞候補になっていた

彼は1926年と1927年にノーベル賞候補に選ばれているんです!

ざっくりいうと、どちらもアメリカと日本を仲良しにしようとしてくれた!という理由で、ノーベル平和賞候補にノミネートされました。

2. 岩崎弥太郎の誘いを断る

岩崎弥太郎とは三菱財閥の創業者です。

そんな岩崎弥太郎は渋沢栄一に一目を置いていたため、手を組みませんか?と提案します。

しかし渋沢栄一は

「私はできるだけたくさんの実業家に活躍してほしい」

と言って断ります。

3. 留学生を普通の船に

フランスに留学していた留学生たちは江戸幕府が終わったことで、帰る資金がありませんでした。

彼らは人が乗るような船ではなく、動物を乗せるような船で帰る羽目になりそうでした。

しかしそこで栄一登場。

彼はポケットマネーで彼らを普通の船に乗せてあげました。

4. 福沢諭吉と将棋

彼は福沢諭吉と将棋を指している時、諭吉から

「お前は商売人しては割と強いな」

と厳しい批評をしました。

それに対して渋沢栄一は

「あなたもヘボ学者にしては強いですね」

と返したそうです。

そんな二人が一万円の肖像画の世代交代をするなんて、当時は想像もしてなかったでしょうね。

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