二・二六事件は、太平洋戦争へ繋がっていた?【日本史雑学】

二・二六事件はご存知ですか?

1500人の青年将校たちが、政府に対してクーデターを起こした事件です。

このクーデターは、後に起こる対戦、太平洋戦争へ大きな前進となってしまいました。

なぜ彼らはこのような、クーデターを起こし、なぜそれが太平洋戦争への前進になってしまったのでしょう?

1. 事件の中心人物

中心人物は、20人ほどの将校。

それ以外は、彼らの命令を受けて参加していました。

つまりほとんどの人は目的もわからず、クーデターを起こしていたのです。

首謀者(https://ja.wikipedia.org/wiki/二・二六事件#首謀者(首魁))

2. その頃の日本

そのころ、日本では貧富の差が拡大していました。

なのに、政治家の汚職は止まらない。

そのような状況に将校たちは不満を抱いていました。

3. 皇道派の影響

当時政治には、二つの派閥がありました。

軍事政権である「統制派」と天皇親政である「皇道派」です。

政府に不満があった将校たちは、「皇道派」の影響強く受けました。

皇道派リーダー:荒木貞夫(https://ja.wikipedia.org/wiki/二・二六事件)

4. クーデター決起

「正しい政治であるべきだ、天皇中心にするべきだ」という思想が

クーデターという形で、暴走しました。

彼らは政府の重要人物たち次々に殺害します。

殺害された、高橋是清大蔵大臣(https://ja.wikipedia.org/wiki/高橋是清)

5. 天皇の怒り

彼らが崇拝していたはずの天皇は、

「あいつらまじ反逆者すぎ!!」

と批判しました。

その上、重臣を殺された天皇は激怒。

天皇自ら、鎮圧を指示しました。

それによって、中心人物のうち、自殺した1人を除いた、19人は処刑されました。

6. その後

これがきっかけで、逆に皇道派は弱い立場となり、統制派が力をつけます。

軍事政権がみるみるうちに大きくなり、戦時体制が敷かれます。

これが後に太平洋戦争へと繋がるのです。

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