おならで罰金?明治の鉄道の歴史【日本史雑学】

今や電車や新幹線など、鉄道は日本人にとって欠かせない交通手段。
JRの調査では、一日なんと平均約80万人の人が新宿駅を利用するそうです。
そんな鉄道はいつ頃からどのようにして日本に導入されたのでしょうか。
鉄道の歴史
鉄道は外国から取り入れたものですが、それを持ってきたのは黒船来航で有名なペリーでした。
1854年に日米和親条約を結び、その際にペリーが日本へ贈り物をしました。
時計や銃などと一緒に送られたのが、小型の蒸気機関車です。
当時、乗り物と言ったら馬・籠・船といったところであった日本にとって蒸気機関車は画期的な乗り物でした。
鉄道の運行開始
日本国内で鉄道が交通機関の一つとして利用されるようになったのは、1870年頃。
新橋~横浜間を1時間程度で走るものでした。
しかし今みたいに街中を走るのではなく、東京湾の一部を埋め立てその上にレールを敷いていました。
鉄道には反対派もいた!
明治時代初期はお金がなかったため、お金がかかる鉄道をつくることに反対した人も多くいました。
西郷隆盛も反対していた人の一人です。
彼らは鉄道の代わりに軍備を強化すべきだと考えていました。
鉄道でのマナー問題
紆余曲折を経て、鉄道は多くの人に利用されるようになりましたが、ここで利用客のマナーが問題になりました。
乗車中に窓から放尿する人もいたとか。
そこで、窓から放尿で10円、おならで5円の罰金制度がつくられました。
これは明治時代の公務員の初任給以上と、とても高額でした。
トイレを巡った事故死
生理現象を取り締まることは難しいものでした。
また、停車中にトイレに駆け込む人が多く、駅のトイレの混み合いや、駆け込み乗車をする人が増え、ついに事故死する人が出てしまったのです。
これを機に、車内にもトイレが設置されるようになりました。
大正時代以降の鉄道
大正時代に入ると鉄道は日本人にとって欠かせないものになり、この時期から通勤ラッシュというものも始まりました。
鉄道の運行が開始した明治時代から約160年ほど経ちましたが、今では寝台列車やレストラン付きの列車があります。
大きな進化を遂げた鉄道は、これからさらにどのように変容していくのか楽しみですね。